しゅふみん日記

家庭と会社とその他もろもろ

ストレスコントロールについて考えさせられたこと

 

事の発端は私が尊敬している方(以下:Sさん)とお話をする機会があったときのことでした。

Sさんはこんな問いを投げかけてきました。

世の中理不尽なことってあるよね?

けれども、平等に与えられているものもあるんだよ。それって何だと思う?と質問を投げかけられました。

 

 

私は「時間」ですか?と答えました。

Sさんはニッと笑って、そうだね。でも他にもあるんだよ。と更に尋ねてきます。

 

えっ、まだあるのか?と私は答えに詰まってしまいました。

 

するとSさんは、生まれた場所・性別など自分では選べないものもあるけど、これが好き/嫌い。◯◯したいから自分はこれを選ぶ。誰と過ごす。などは自分の意思で「選択」してきているでしょ?と話を聞かせてくださりました。

 

つまり今のあなたは、あなたが選択してきたことで出来ているんだよ。とSさんは話を締めくくりました。

 

それを聞いた私は「確かに!」と、納得しました。

なぜそう思えたかというと、

生きているといろんな場面で選択を迫られることがあります。

迷ったとき、誰かに相談してアドバイスをもらうこともありますが、最後に「こうしよう」と決めてきたのはいつだって自分だったからです。

 

私事ですが、自分は物事を合理や論理的に捉えて考えることがニガテです。

自分の目や耳で見聞きしたことを疑うことなくそのまんま受け取って、悲しんだり、騙されたり、傷ついたりしてしまいます。バカ正直ってやつです。

ただ、それが何もかも悪いことへ繋がる訳でははないことも理解はしています。良い方へ転ぶことだって沢山あるんです。

 

自分で選んだ結果が「今」だとしたら、自分にとって嫌だなあとか、こんなはずじゃなかった・・・ということも元を辿れば自分が決めた決断の結果なのか・・。

そういう考え方を1つの方法として持っておくと、嫌なことも多少受け止めやすくなりそう。と私は思いました。

 

ただ、一方で自分1人の決断で出る結果のみで世の中は回っているわけではないよなぁ・・・と考えてしまうこともあります。

 

例えば私の場合。以前勤めていた会社でも、今の会社でもあるのが

ある商品のデザインを作ります。仕様もデザインのイメージも決済を出す方々と修正・提案を繰り返してお互い「これだ!」と折り合いがつくまでやりとりをして、やっとの思いでデータを入稿します。

ゲーム会社ではFIXっていいます。(おしゃれね(^^))

 

さぁ、あとは納品・発売をまつのみ・・・・。といったところで

それまでそのプロジェクトに関わっていなかった上層部/そのほかのスタッフから「そもそもこのアプリのこの部分は発売する上で問題なのでは?」や

「この芸能人の毛穴が目立つから気持ち悪い。レタッチして作り直して!」など

なんで企画組んだ時点で突っ込んでくれなかったの?検討しなかったの?

あなたたちと同じフロアで作っているの見ていたよね?知っていたよね?

入稿前にデータも確認していたよね?とデザイナーをただのお道具としてしか見ていないような、無責任で身勝手なイチャモンをつけてくることがありました。

そんなの日常茶飯事です。と言い切る上司もいましたが、それで「はいそうですか!次もがんばるお!」なんて気持ちを一瞬で切り替えられるほど人間簡単にできていないんです。冗談じゃない。

 

なぜそうなったのかを明確に説明し、両者が同意・納得ができないまま雑な指示を一方的にされ続けていると、デザイナーのモチベーションはどんどん下がっていきます。

結果さえ良ければ良いのか?(愚痴ってしまってすみません・・・。)

 

私のいた/今いる会社の役職の人間やその他のスタッフがそういうタイプの人種が多いのかもしれませんが、どれだけ自分が気をつけてより良い方向へと決めた(選択)したとしても、そこには自分以外の沢山の人間の選択(配慮に欠ける・責任を持とうとしない悪習慣)も被さってきます。

こうなってくると、仕事って生物!?って思ってしまうほど二転三転してきます。

自分1人だけではどうしようもない出来事ってあります。

そういうとき、最近の私はSさんから聞いた選択と結果の話を今の自分のモヤモヤに当てはめて考えるようにしています。

そうすると、冷静に気持ちを整理整頓できるからです。

 

自分とは全く違う考え方の人と話すってすごく素敵なことだなぁと実感しました。自分に足りない要素であったり、新しい気づきを得られるので良い刺激になります。

 

私はまだまだ未熟なのでもっと沢山のことを吸収していきたいと思います!Sさんに感謝です。

 

おしまい。