読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しゅふみん日記

主婦歴0年の自由なブログです

1年前

日常

熊本地震から1年が経過しました。私は去年の末から熊本で生活しています。

この記事は震災を外から見ていることしかできなかった私目線でのお話です。

 震災前はちょうど、結婚前で両家の顔合わせで会えるね、楽しみだねとダンナ(そのときは彼氏)と話していたところでした。

 

1度目の地震が来たとき、私は地元・ダンナは熊本の会社で残業をしていました。大きく揺れた地震と速報に驚き、私はすぐにダンナに連絡をしました。

ダンナは死ぬかと思ったと言っていました。電話越しに聞こえるダンナの声、地鳴りの音を聞いているだけで生きた心地がしなかったです。

とりあえず、外に出たほうがいいと電話で伝えたあと家路についた私は見えない場所で起こっている現状を知るためにテレビをつけました。ダンナのいる熊本では今どんなことが起こっているのか伝えて私に何ができるのか必死に考えました。

 

テレビで決して一人で行動しないようにという言葉をきき、ダンナに信頼できる誰かと一緒にいてほしいと思った私はダンナがいつもお世話になっている、ある方にSNSでメッセージを送りました。

「もしダンナがそちらへ来たら、一緒にいてあげてください。お願いします」

情けない話ですが、私には人に頼ることしかできませんでした。

それでも

私の身勝手なお願いを快く受け止めてくださったその方とご家族のところに、ダンナは無事たどり着くことができました。

私は ありがとうございました、と泣きながらそのご家族の方に伝えました。

 

翌日、どうしてこんな時に私は仕事なんかやってるんだろうとやるせない気持ちで会社に行きました。ライブニュースを流しながら、状況はどうなっているのかずっと聞きながら仕事してました。聞こえてくるのは増える犠牲の数と止まらない余震の報道。私は半べそかきながら仕事をしていました。

泣いたところで何も変わらないのは分かっていたのですが、涙は止まりませんでした。

ウジウジ悪い想像ばかりして落ち込んでいた私に、見かねた会社の先輩が「今は何も力になれないけど、無事を信じなさい。信じるしかないでしょう」と声をかけてくださりました。優しい先輩の一言に私は本当に救われました。勇気もいただきました。

 

それからは毎日定時の18時過ぎにダンナと連絡をとって、食事、断水、余震の状況はどうだった?など話をしていました。

会社帰りに寄ったコンビニに行くたび、募金箱におろした貯金をどんどん入れたり。

悪天候が予想されると天気予報で聞いた時には、てるてる坊主を作って部屋に飾ったり。

ちょっと頭がおかしいと思われてしまったかもしれませんが、私ができそうなことはなるべくやりました。

ダンナは余震が落ち着くまで、あのご家族の方と強く生き延びてくれました。

 

こうしてたくさんの方に支えられて、今はすぐ隣にダンナがいて、一緒に生きていられることを毎日感謝しています。

私一人にできることなんてたかが知れてると思うのですが、これからは熊本の復興・大切な夫との日々を守っていきたいと思います。

 

長々と書いてしまいましたが、以上です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。